ふるさとだより


2012 年 10 月 31 日 水曜日

私は昔から大食漢の方で、中学時代などは大きめのお茶碗に1食3~4杯は食べていました。育ちざかりでもあったので、体重も身長もその当時が一番増えました。2~3年前までは、たくさん食べる人の方が元気だと思い込んでいました。しかし、私の周りでも小食で凄く丈夫な人もいます。それで、ちょっと考えるようになりました。父母や祖父母からは、昔はいつもお腹いっぱいは食べられず、ひもじい思いをしていた。というようなことをよく聞きました。しかし、昔の人は今ほど病気にならなかったような気がします。農薬や添加物があまり使われていなかったということもあるかも知れませんが・・・。着るものも、木綿や麻が多かったですしね。

2010年8月に起こった南米チリ鉱山の落盤事故で閉じ込められてしまった人たちの一人あたりの3日分の食料は僅かに、ツナやサーモンの缶詰スプーン2杯、ミルク2分の1カップ、クラッカー2分の1枚だったそうです。しかし、たったこれだけで17日間も生き抜いて奇跡の生還を果たしたのです。映像ではとても元気そうでしたよね。

現在の栄養学は、ドイツの生理学者カール・フォン・フォイトの提唱した理論だそうです。彼は肉食礼賛主義者で、動物蛋白を勧め、炭水化物を控えるように勧めたと言います。また成人1日当たりの必要なたんぱく質が48gと知っていながら2.5倍に膨らませて118g摂れと勧告しました。それ以来“食原病”の病人がたくさん出始めたと言います。 ちなみにフォイトの栄養学を信じ込んだ俳人の正岡子規は、チリの作業員33人が17日間で食べた量をなんと毎日一人で食べていたとか・・・。脊髄カリエスという重い病気ではありましたが35歳で没しいます。

アメリカの近年の栄養学者は、世界一すばらしい食事は、室町・江戸時代の日本食だと言っているそうです。その元になったのが、以前ブログにも書きましたが、キリスト教の布教活動をしたフランシスコ・ザビエルが書き残した書物で、そこには、「日本人は、自分たちが飼っている家畜は屠殺することはせず、また食べることもしない。彼らは時々魚を食膳に出し米を食べるがそれも少量である。ただし彼らの食べる野菜は豊富にあり、また僅かではあるが色々な果物もある。それでいてこの土地の人は不思議なほど達者で、非常に高齢に達する人も多数いる。従って、腹が一杯にならなくても私たちの体質は、ごく少しの食物によって充分に健康を保つことができる。」ということを日本人によって教えられたというのです。  室町時代とは言わずとも、せめて昭和30年代ごろのちょっとひもじいぐらいの食事が健康を保つというのだと思います。  せめて空腹感を味わってから食事をすることですね。又は空腹になるように体を動かすことです。

現代はとても病気の人が多いです。確かに、暴飲暴食・喫煙・添加物・夜食…などは悪いというのは常識ですよね。空腹健康法という言葉を最近知ったのですが、昭和20年以前の日本人はむやみに食べなかったというのは頷けます。いつもひもじい思いをしていた・・と言うのは祖父や父から聞いていました。又、祖母からは朝食の前に必ず排便をするように習慣づけてくれていました。赤ちゃんが生まれる時の産声はお腹の中にいる間に

2012 年 10 月 30 日 火曜日

完全が少し足りないかな?と思ったら、混合栄養にしてしまいがちですが、そんな時ちょっと待ってください。

母の乳頭からの飲み方は、胎内にいた時から練習していたやり方なのだそうです。赤ちゃんは乳頭を舌の上にのせ、舌を丸めて乳頭をくるむようにします。お乳は乳房の奥から湧いてくるので吸い取る必要はありません。湧き出る圧力を利用して乳頭を少し押すようにして飲むのだそうです。また、ゴム乳首の場合は私たち大人がストローで液体を吸う時と同じで、唇と上顎を使う飲み方です。赤ちゃんは下唇と舌を使ってゴム乳首を上顎と舌の間に固定します。ビンの中身は自然には出てこないので、赤ちゃんは口の中を陰圧にしてビンの中身を吸い取らなければならないようです。

このように、母の乳頭の時とゴム乳首の時とでは飲み方が全く違うのですが、問題はゴム乳首の方が赤ちゃんにとっては吸いやすいという点です。混合にしてしまうと、どうしても母乳の飲み方が下手になっていきます。ここに問題が発生すると言われています。

つまり、“混合栄養にする”のは、“母乳をやめる”ことにつながるので、少しぐらい母乳が不足しても、母も子も辛抱することが大切なのかもしれません。だから、母乳で育てている赤ちゃんに、果汁など母乳以外のものを与える時、哺乳ビンは使わずに、スプーンで与えるようにした方がいいのです。搾乳したものもスプーンで与えるといいのです。

2012 年 10 月 29 日 月曜日

タイトルについてはいくつも問題がありますが、そのひとつについて、小児科のお医者さんのお話を紹介します。

≪赤ちゃんが“ああ、お腹がいっぱいになった”という気持ち、つまり満腹感は、単に胃袋がお乳でいっぱいになっただけでは起こらないのだそうです。胃袋がお乳でいっぱいになると同時に、お乳を一生懸命に吸啜(きゅうてつ)したことによるホッペの筋肉の疲労がないと、赤ちゃんは満腹にになった気がしないそうです。粉ミルクで育てる場合、使っているゴム乳首の孔が大きいと、赤ちゃんはそれほど強く吸わなくてもお乳はどんどん出てきます。そうすると赤ちゃんの胃袋はもう一杯になっているのに、ホッペの筋肉はまだつかれていないという状態が生じます。このような時、赤ちゃんは実際にはもう満腹になっているのに、口だけはまだお乳を吸う動作を続けるものなのだそうです。

赤ちゃんのお腹の中は見えないので、満腹かどうかはわかりません。そこへ赤ちゃんがお乳をまだ吸いたいような動作をしていると、私達は赤ちゃんのお腹はまだいっぱいになっていないのだと思い、ついつい必要以上に飲ませてしまうことになります。

しかし太り過ぎは、将来の肥満につながる恐れがあり、しかも成長期の肥満は後になって何かと厄介な問題を引き起こしますから、厳重な注意が必要だということです。さらに、ゴム乳首の孔が大きいと赤ちゃんは努力しなくても楽にお乳が飲めます。これは「食物を手に入れるには大変な苦労が必要なのだ」という、あらゆる動物の生存に基本的に必要な心構えを創る機会を失わせることになり、その赤ちゃんは将来無気力な人間にもなると言われているようです。肥満にしても、無気力にしてもいずれも重大なことなので、粉ミルクで育てるときは、乳首の孔は一番小さいのを使いましょう。≫   ということです。

2012 年 10 月 26 日 金曜日

2年前、論語普及会学監の伊与田覚先生の5回連続講義を拝聴する機会がありました。当時95歳だったと記憶しています。矍鑠(かくしゃく)とした崇高なお姿は身が引き締まりました。その伊与田先生の文章があったので引用します。幼児教育にたずさわる者だからこそ、心しなければ・・・と思います。

≪中国に『小学』という古典があります。今から800余年前に朱子と劉氏澄(りゅうしちょう)という人が、四書五経をはじめとする古い書物の中から大切な教えを選出したものです。江戸時代に主流を成していた朱子学の教えとも関係が深く、武士の家庭教育、さらには一般家庭の子女教育を通じて日本人の心に深く浸透し、実践されたことで、日本人の質は格段に向上しました。幕末に日本を訪れた欧米人は、東洋の野蛮国と蔑んでいた日本人が、実際に会ってみると実に礼儀正しく、躾の行き届いていることに感嘆し、「東洋の君子国」と讃えました。列強の植民地支配から日本が独立を堅持できたのは、この教えを通じて国民が優れた人間性を育んでいたことが大きいと私は思います。  しかしながら戦後、『小学』の説く人間としての基礎教育がおろそかになったことで、日本は誠に恥ずかしい国になりました。『小学』には次の一節があります。

「古の小学、人を教うるに、洒掃、応対、進退の節、親を愛し、長を敬し、師を尊び、友に親しむの道を以てす。皆身を修め、家を齊(ととの)え、国を治め、天下を平らかにするの本と為す所以なり。」

『小学』において、まず人を教えるのに洒掃、応対、進退の大事なところ、そして親を愛し、目上の者を敬い、先生を尊び、友を親しむ。そういう道を教えるということは、自分の身を修め、家を斉え、国を治め、天下を平らかにするものとなる、と説かれています。

洒掃は掃除を意味します。日本神道の精神は、清く、明るく、直き心ですが、掃除はそうした人間が本来持っているよい資質を引き出し、人間を創る一番の基本となります。

応対は挨拶です。親が赤ん坊に毎朝「おはよう」と声をかけ続けていると、成長するに従い「おはようございます」と挨拶を返してくれるようになります。これが応対の一番の基本であり、幼い頃に習慣化すれば生涯失われることはありません。

進退は立ったり座ったり、進んだり退いたりといった作法です。禅寺を訪ねるとよく玄関に「脚下照顧」と書かれています。まずは自分の脱いだ靴をちゃんと揃えること。これが人間就業の第一歩だと説いているのです。ゆえに玄関の履物を見れば、その家の家風が概ね分かるとも言われるのです。

洒掃、対応、進退は習慣づけることが大切で、少し気が緩むと乱れてしまううちは習慣化されたとは言えません。習慣の慣は“慣れる”という字ですが、日々繰り返し実践を重ね、無意識のうちにちゃんとできるようになって初めて習慣づけられたといえるのです。

教育の現場には、家庭、学校、社会(会社)の3つがあります。よい家庭に育った子供は自ずと立派な人間に育ち、よい校風を持つ学校に入ると問題を抱えた生徒もいつの間にか良くなり、よい社風の会社に入ると意識せずして立派な人材に成長します。国にも国風があります。よい家庭、よい校風、よい社風によって日本人一人ひとりが立派に育てば、世の中がよくなり、立派な国風が形成されていきます。しかしながら今の日本は、未熟な親や、尊ぶに値しない教師も多く、無垢な子供を託すには心許ない状況にあります。これは戦後の占領政策によって、『小学』の教えなど、長年継承されてきた優れた日本精神の縦糸が断ち切られ、さらに時代を反映する横糸もいかがわしいものが蔓延してきたため、国としてまともな織物を紡ぎだせなくなったのです。

『論語』に、「性、相近きなり。習、相遠きなり」という言葉があります。もともと人間一人ひとりに大きな違いがあるわけではなく、誰もが相近きものです。しかしながら、躾や教育によって身についた習慣により、人間的に大きな差がついてくるものだという教えです。

今一度断ち切られた縦糸を繋ぎ直し、よい横糸と組み合わせ、日本に相応しい素晴らしい織物を創っていかなければなりません。そのことを通じて次代を担う子ども達を立派に導いていくことが、今を生きる私たちに課せられた重大な任務ではないでしょうか。≫

2012 年 10 月 25 日 木曜日

7月初めの内覧会に設置できていればよかったのですが、待望のロフトがやっと本日入り、只今組み立て中です。(写真は16時半と18時10分)

二階建なので、下段はリラックスコーナーに、上段は子ども達で何にするかを決めてくれると思います。

楽しいゾーンがまた一つ増えます。

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