ふるさとだより


母の日に出会った作文

かつて森信三先生が「日本教育界の至宝」と称えた伝説の教師がいました。 その人の名は東井義雄(1912~1991年)氏。 師範学校卒業後、故郷である兵庫県で 小中学生の教育に当たり、その生涯を全うされた方です。

一昨年この講演集『自分を育てるのは自分』に出逢い、先週『子どもの心に光を灯す』を読み、母の日にちょうど次に紹介する生徒の作文に出会ったので紹介します。

「父母と教師は今何をどのように」
「父親は何をなすべきか 母親は何をなすべきか」 という2つの講演が、様々なエピソードを交えながら東井氏の口調そのままに収められています。心に響く内容です。     *        *        *
 だいぶ前になりますが、全国の小学校の子ども達から、「お母さん」という作文を集めたことがございます。
 その時に、横須賀市の沢山小学校の、浦島君という1年生の男の子の作文が入選しました。
 ちょっとそれをお聞きください。
『ぼくのむねの中に』
“「おかあさん、おかあさん」 ぼくがいくらよんでもへんじをしてくれないのです。
 あのやさしいおかあさんは、もうぼくのそばにはいないのです。
 きょねんの12月8日に、 かまくらのびょういんで、 ながいびょうきでなくなったのです。
 いまぼくは、 たのしみにしていたしょうがく一ねんせいになり、 まい日げんきにがっこうにかよっています。
 あたらしいようふく、ぼうし、ランドセル、くつで、 りっぱな一ねんせいを、おかあさんにみせたいとおもいます。
 ぼくはあかんぼうのとき、おとうさんをなくしたので、 きょうだいもなく、おかあさんとふたりきりでした。
 そのおかあさんまでが、 ぼくだけひとりおいて、 おとうさんのいるおはかへいってしまったのです。
 いまは、おじさんおばさんのうちにいます。 まい日がっこうへいくまえに、 おかあさんのいるぶつだんにむかって、「いってまいります」をするので、 おかあさんがすぐそばにいるようなきがします。
 べんきょうをよくしておりこうになり、 おとうさんおかあさんによろこんでもらえるようなよいこになります。
 でも、がっこうでせんせいが、 おとうさんおかあさんのおはなしをなさると、 ぼくはさびしくってたまりません。
 でも、ぼくにもおかあさんはあります。
 いつもぼくのむねの中にいて、ぼくのことをみています。
 ぼくのだいすきなおかあちゃんは、 おとなりのミイぼうちゃんや、ヨッちゃんのおかあさんより、
 一ばん一ばんよいおかあさんだとおもいます。
 おかあさん、ぼくはりっぱなひとになりますから、 いつまでもいつまでも、 ぼくのむねの中からどっこへもいかずにみていてください。”

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