ふるさとだより


あるハガキから

下妻のダスキンの社長さんは定期的にお手紙を出しています。今回頂いたものに大変感動したので紹介します。社長さんは、32年前に旅先で知り合ったN さんと年賀状のやり取りをずっと続けているそうですが、昨年暮れに喪中の以下のはがきが届いたのだそうです。

≪・・・・・平成23年4月妻K子が子宮がんの手術。K子55歳、私60歳。「還暦の時は身体に気をつけよと言うけど、お前が病気になったなあ」「あなたはやりたいことがいっぱいあるから私が替りに病気になったの。」やさしい言葉に涙が出ました。アートフラワー、木彫りのお盆、お茶や洋裁、テニス、お友達とおしゃべり等々、K子こそやりたいことがいっぱいあっただろうに。   手術後、6回の抗がん剤投与も完了、ほっと一息。薬は飲みながらも家でゆっくり落ち着いた毎日を過ごす。息子のKのアイスホッケーの試合を広島まで応援に行ったり、旅行、ドライブもぼちぼちでき、元気になりました。

24年5月、しゃべりにくい、身体がふらふらするというので検査したら脳腫瘍。1年間辛抱してやっと春が来たかと思いきや、K子と泣きました。ガンマーナイフ手術。脳幹という難しい個所で全部取りきれず。6月、長男Kの結婚式には車いすで出席。アートフラワーの大きなブーケを手作りし花嫁A子さんに贈りました。自宅療養しながらリハビリに通い、手を引いて歩けるまで回復。米粒をこぼしながら食事の用意もできました。頭の中に水が溜まり8月緊急手術。9月帰宅。家では抱いて風呂に入れてやりました。一緒に風呂に入ったのは何十年ぶりでしょうか。背中から抱きしめてやりました。

25年3月入院。離乳食状態の食事を一時間くらいかけてゆっくり食べさせました。やがて、誤嚥しそうなので食事は中止、点滴になりました。しゃべれないけれど手を振り返したり、瞑った目に涙を浮かべたり。一生懸命頑張っていましたが体も弱ってきて、7月1日に亡くなりました。享年58歳。夜半風雨強し。

夕飯を作って待っていても帰りが遅い、面白くないことがあったら八つ当たり等々、自分勝手でわがままな私に32年よく付き合ってくれました。ねぎらう間もなく先に逝ってしまいました。皆さまお世話になりました。ありがとうございました。皆様にはどうぞよいお年をお迎えくださいますよう心よりお祈り申し上げます。≫

他人事とは思えなく、涙が止まりませんでした・・・・。

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