ふるさとだより


仕事と家庭の狭間で

「働く女性のハンディといかに向き合うか」
岩井希久子(絵画保存修復家)氏の記事を紹介します。
≪ ──ご家庭との両立はいかがでしたか。
私は古いタイプの考え方で、やはり女性は家事もすべてちゃんとやらなければいけないと思っていました。
結婚して移り住んだ千葉県の佐倉から研究所までは片道2時間半ちかくかかりましたが、
帰ってから手を抜くことなく家事もやっていました。
また、出張の時は子供が病気でも預けて仕事に出かけなければなりませんでした。
ずっと一所懸命やっていましたが、それができたのは、家族や、いろいろな方々の協力と助けがあったからで、決して私一人の力ではありません。それはいまでも感謝しています。
バブル期で作品もよく売れていた時期でしたから、
修復も凄く急かされて毎週必死で仕上げては納品していました。
ですから仕事は忙しいし、家のこともちゃんとしなければいけないというプレッシャーで、悪夢をよく見ました。
歯がどんどん抜けていくのです。
──仕事をやめたいとは思われなかったのですか。
それはありませんでした。
仕事をしている以上、責任がありますし、自立したプロでありたいという思いが強かったものですから、
やめるなんてこれっぽっちも頭をよぎりませんでした。
──どう切り抜けられたのですか。
うーん、難しいですね。ただ、一つ大きな転機になったのは、自分の考え方を変えたことです。
全部完ぺきにしなければいけないと思っても、できない、できないってどんどん苦しくなるばかりでしたから。
だけど、自分はこれだけ責任ある仕事をやっているのだから、家のことが100%できないのは当たり前なんだと。
悩んだ結果、そう考えるようにしました。
ただ、そのしわ寄せは全部家族に行ってしまったわけですが……。
子供たちの描く絵には、いつも涙が描いてありました。
随分寂しい思いをさせてきました。
──仕事と家庭との狭間で苦悩を。
ただ、女性であることや子供がいることのハンディは、仕事の相手には見せないように努めていました。
特に私はフリーでしたから、そのために仕事が滞ったら次から依頼がなくなるかもしれない。
男性と比較されても質的にも上回っているくらいの仕事をこなさなければ、という思いでした。
だから仕事には絶対に穴を空けたくない。
足を骨折した時も車椅子で仕事に行きましたし、子供を産む時も本当にギリギリまで仕事をしました。
2人目の子を妊娠していた時には、仕事中に破水して、双子のうちの1人を流産してしまう
という悲しいこともありました。
──女性ゆえにたくさんの逆境に直面されてきたのですね。
逆境だとは全然思っていません。
なってしまったことはしょうがないから、その都度どうしたら克服できるかと考えるのです。
ただ流産した時はさすがに辛かったですね。でも、これも何かの思し召しと受け止めるしかない。
マイナスと思えることがあればどうしたらいいかと考えるから、
それが次のステップに繋がってプラスになるんです、必ずね。
そうして乗り越えるから成長できる。人生はそういうものなのかなって思います。≫

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