ふるさとだより


日本国民が絶対に忘れてはならない昭和天皇の思い

去る、4月29日は昭和の日でした。昭和天皇のお誕生日であり、戦後復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす日とされています。そこで、昭和天皇がどんなお方であったか、どういう思いで日々を過ごされていたのか、そのエピソードの対談記事があったので紹介します。  伊藤哲夫氏(日本政策研究センター代表)VS 小柳左門氏(国立病院機構・都城病院院長)

《小柳 日本国民が絶対に忘れることがあってはならないのは、やはり終戦時の昭和天皇のご聖断だと思います。
 マッカーサーと対面された陛下は、「自分はどうなっても構わない。一切の責任は自分にある」
 とおっしゃって国民を守ろうされた。ですから昭和天皇のこのお言葉も、長い日本の歴史の中で、それを支えてこられた天皇方の責任  感の表れではないかと私は思うんです。
 私たちは日本という国が歴史を背負われた天皇を仰いでいることを、もっと大事に考えなくてはなりません。
小柳 終戦の時の昭和天皇の御製をご紹介しましょう。
「爆撃に たふれゆく民の うへをおもいひ いくさとめけり 身はいかならむとも」
「身はいかに なるともいくさ とどめけり ただたふれゆく 民をおもひて」
「国がらを ただ守らんと いばら道 すすみゆくとも 戦とめけり」
 この三首の連作は侍従次長であった木下道雄さんが陛下のお許しを得ないで発表された経緯があるようですが、それだけ真実のお言葉 なんです。この御製に込められた陛下の思いは、何としても後世に伝えていかなくてはならないと思います。
 陛下のご決断によって日本民族は救われたのですから。三首目に「国柄をただ守らん」とあります。
この国柄こそが「国体」であり「徳」なんでしょうね。
伊藤 そうだと思います。こうした一貫した「徳」こそが昭和天皇へと繋がる皇室の伝統なんです。
小柳 「国がらを ただ守らんと いばら道……」。
 昭和天皇が何があっても守り通さなくてはならないと思われた国柄。
 皇室と民がお互いに心を通じ合わせて国を支えていこうという素晴らしい国柄のことではないかと私は思います。
伊藤 この昭和天皇の思いは今上天皇にも確実に受け継がれている。
小柳 ええ。今上天皇がまだ皇太子殿下でいらした頃、美智子皇太子妃殿下とご一緒に沖縄に戦没者慰霊の旅をされました。
  ひめゆりの塔の前で花束を捧げておられた時、全共闘の学生が突然火炎瓶を投げつけたんです。
 周りの人たちは慌てて皇太子殿下に後ろに下がっていただこうとした。
しかし、皇太子殿下は動こうとはされませんでした。逆にそばにいたひめゆり部隊の生き残りの方を庇(かば)おうとさえされました。
私は実際のニュースの映像で見ましたが、感動しましたね。
身を挺して民を守ろうとする歴代天皇の思いが、こういう咄嗟の時に出てくるんだと。
伊藤 あの時は皇太子妃殿下も咄嗟に殿下を庇おうとされました。
小柳 だから日本の国柄は西洋の階級闘争史観とはまるで違うんですね。民というものは押さえつけるものでは決してない。民が幸せであったからこそ国は栄えていくんだという思想が古くからあったことは確かです。》

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