ふるさとだより


プロ教師が語る理想の教師像

教師が学び合う「ふくの会」を地元山口県で30年以上にわたり続けてこられたという小学校教師・福山憲市氏。
そのまなざしの先には、常にワクワクしながら授業を受ける子供たちがいたといいます。
そんな福山氏にとっての理想の教師像とは──。
この話は、教師の世界だけにでなく、どの世界でも通ずるかもしれません。
 福山憲市氏(下関市立勝山小学校)と、占部賢志氏(中村学園大学教授)の対談を以下紹介します。
【占部】ところできょうの対談では「一生一事一貫」というテーマをいただいていますが、福山先生は
  この言葉をどう受け止められましたか。
【福山】私はこの言葉を目にした時、「鉛筆型人間」という言葉がすぐに頭に浮かびました。
  鉛筆の真ん中に真っ直ぐの芯があるように、教師も真っ直ぐの芯を持つべきだと思います。
  もっとも小学校の教師については、特にいろんな芯の硬さを持たなければいけないと思うんです。
  私は以前特別支援学級を受け持ったこともあるのですが、そういったクラスの子供たちに
  通常学級の子供たちと同じように接することはできませんよね。
  ですから教師としていかなる場合も芯はぶれさせないけども、芯の硬さはある子にはHB、
  ある子にはFという具合に変えてよいのではないかと思っています。
   それと鉛筆の芯の周りには木を使っていますよね。
  だから「気をつかって」常にアンテナを張り巡らせる、そういう人間でないといけません。
【占部】それは面白い考えですね。
【福山】さらに鉛筆というのは削っていくものなので、教師も身を削りながら芯を貫いていくと。
  それを最低10年やると、自分の思いがきちんとした形として見えてきます。
  でも肉にも熟成期があるように、自分を熟させるためには20年やる。
  さらに芸の世界に守破離という教えがあるように、人とは一味違うものを出していくには30年やる必要があるのではない  かと。
  これまで「ふくの会」を一貫して30年以上やってきたこともあって、
 「一生一事一貫」という言葉を見た時に、それは「鉛筆型人間を目指そう」ということと同じだなと思いましたね。以下略
 

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