慶應義塾の塾祖であり、『学問のすゝめ』を著し、明治期の日本に大きな影響を与えた福澤諭吉。
彼が人間教育のベースとして重要視したこと。それは家庭教育でした。36年間、慶應義塾幼稚舎で教壇に立ち続けてきた岩崎弘(慶應義塾福澤研究センター顧問)氏が語った『福澤諭吉の教育論』の一部を紹介します。
《福澤が残した数多くの論説の中には教育に関するものが非常に多く、また子ども向けに書かれた本もあります。
その中から小学生にも読めて、子どもたちの徳育に繋がる本はないかと探し、巡り合ったのが『童蒙をしへ草』でした。
これは明治5年に福澤諭吉が英書を翻訳したもので、当時の「修身」の時間に多くの小学校で読まれていたといいます。
イソップ物語や童話をとおして、「命の重さ」「生きる意味」「独立心の育て方」など子どもたちの心の情操を育む内容であり、
道徳教育が難しい時代になったからこそ、私はぜひ担任している子どもたちにこれを読ませたいと思いました。
しかし明治期の福澤の訳では、現代の子どもたちはとても歯が立ちません。
そこで私が現代語訳に挑戦し、道徳の時間に副読本として用いてきました。
例えばこんな文章があります。
「どんな虫や、動物に対しても、やたらにこれを痛めつけるのはよいことではありません。虫や動物にも命があるのです。
小さな動物を苦しめたりすると、だんだんとこれに慣れてしまって、 やがて小さな動物に対してだけでなく、
同じ人間に対しても心の優しさを失って、ついには、とても悪いことをするようになってしまうことがあるからなのです(略)」
小さい頃に心の片隅にでも残ればという思いで教えてきましたが、卒業後の私の学級のクラス会名は「をしへ草の会」と名づけられ
一期生、二期生……と続き、「自分の子どもにも読ませたい」と言ってくれる卒業生も多く、それぞれの心にしっかりと根づいていることを嬉しく思っています。
話を福澤へ戻すと、彼は生涯で4男5女の子宝に恵まれ、我が子の教育には非常に熱心でした。
明治4年、38歳の時には一太郎と捨次郎のために半紙四つ折りの帳面を2冊用意して、
躾を中心とした「ひゞのをしへ」を毎日書きつけています。
≪ひゞのをしへ(抜粋)≫
おさだめ(7つの大切なこと)
1.うそをつかない
2.ものを拾わない
3.父母に聞かないで物をもらわない
4.ごうじょう(強情)をはらない
5.兄弟げんかをしない
6.人のうわさをしない
7.人のものをうらやまない
私はこの「ひゞのをしへ」も現代語訳して子どもたちに教えましたが、現代の父親からは想像もできないほど、
我が子の教育に心を砕いていたことが伝わってきます。
後に福澤は「文部卿は三田にあり」といわれるほど当時の教育界全般に大きな影響を与えましたが、
「一家は少年の学校なり」
「真に人の賢不肖は父母家庭の教育次第なり」
など、とりわけ幼少期における家庭教育の重要性を説いています。》