~『心に響く5つの小さな物語』より~
《彼女の生家は代々の農家。もの心つく前に母親を亡くした。だが、寂しくはなかった。父親に可愛がられて育てられたからである。
父は働き者であった。3ヘクタールの水田と2ヘクタールの畑を耕して立ち働いた。村の為にも尽くした。行事や共同作業には骨身を惜しまず、ことがあると、まとめ役に走り回った。そんな父を彼女は尊敬していた。父娘二人の暮らしはあたたかさ温かさに満ちていた。
彼女が高校三年の12月だった。その朝、彼女はいつものように登校し、それを見送った父は、トラクターを運転して野良に出て行った。
そこで悲劇は起こった。居眠り運転のトレーラーと衝突したのである。・・・彼女は父が収容された病院に駆けつけた。
苦しい息の下から父は切れ切れに言った。「これからはお前一人になる。すまんなあ・・・」そしてこう続けた。
「いいか、これからは“おかげさま、おかげさま”と心で唱えて生きていけ。そうすると必ずみんなが助けてくれる。“おかげさま”をお守りにして生きていけ」 それが父の最期だった。
父からもらった“おかげさま”のお守りは、彼女を裏切らなかった。親切にしてくれる村人に彼女はいつも「おかげさま」と心の中で手を合わせた。
彼女のそんな姿に村人はどこまでも優しかった。その優しさが彼女を助け、支えた。
父の最期の言葉がA子さんの心に光を灯し、その光が村人の心の光となり、さらに照り返して彼女の生きる力になったのだ。》