今日は十三夜です。今は重く雲が垂れ込め今にも雨が落ちてきそうです。おまけに寒いです。従って“ののさま”は見られるでしょうか?ののさまってわかりますか?いま私の隣を通った職員に聞いてみたら、「仏さまのことではないですか?」と。私は「お月さま」って思っていました。調べてみたら、“仏・神・日・月のように、尊ぶべきもの”を言うようです。お月様でもまちがいではなかったです。「ののさま」という響きが好きで、よく「ののさま」って、絵本でもお月様がでてくるとそう呼んでいます。さて、そんなこんなで、園庭の入口には写真のようなものを飾っています。年中児がお団子作りをするにあたり、栄養士がお便りでお願いをしたら、お母さん方が早速ススキを採って来て下さいました。なので、お団子と秋の味覚をともにお供えしています。お団子作りの様子は後日、機会があったら栄養士がブログに載せてくれると思いますが・・・。それまで想像して待っていて下さい。
実は今日は、読売新聞の編集手帳に、昨日のブログに関連したことがあったので、それを披露しようと思っていましたので、これからが本題になります。
《永井荷風が東京・銀座の洋食店に入ると、先客に子供連れの一家がいた。躾(しつけ)がなっていない。昭和8年の日記にある。■<子供は猿の如く、室内を靴音高く走り回り、食卓の上に飾りたる果物草花を取り、またはナイフにて壁を叩く。>親は周囲の迷惑顔もどこ吹く風、叱りもしない。荷風は驚いた。<今の世の親達は小児のしつけには全く頓着せざるが如し>■してよいこと、悪いことのけじめを教わらなかった子供は、どうなっただろう。恐らくはロクな大人に育たず、親を泣かせたに違いない。■趣旨が[反日]であれ、何であれ、デモはしてよいことである。暴徒化し、日系企業を襲撃するのは、して悪いことである。そのけじめを教えず、実行犯を本気で摘発しようとしない中国当局は洋食店の親と変わらない。暴徒の標的が党本部や官庁に移ってから躾を始めて間に合うとでも思っているのか。乱暴狼藉(ろうぜき)の放題は、市民に政権転覆の予行演習をさせているのと同じであることに気づいていない。■俗に<三つ叱って五つ褒め、七つ教えて子は育つ>叱らずに、最後に泣くのは親である。