2014年 8月

元気です! ももぐみヽ(^o^)丿

2014/08/19

お盆中はご家族で過ごす時間も増えて、週明けの保育室はみんなからの楽しかった話題でいっぱいでした。

賑やかさが戻った保育園。外遊びでは、「うんてい」が大人気! 年長さんはもちろん、年中さんも上手にできるようになりました。

せみをみつけると、じっと観察したり・・・

砂場でみんなで集まって何をしているのか覗いてみたら・・・枝を集めて「虫かご」を作ったそうです。アイデアに感心しました。

また暑さも戻ってきましたが、過ぎゆく夏を もう少し楽しんでいきたいと思います。  千里:記

お盆

2014/08/18

お盆中は、親が休みで、家庭で保育できるお子さんが多く、職員は交代で出勤し、通常よりはゆっくりできました。が、新盆のお家は通常のお盆とは真逆です。当家も新盆でした。夫にゆかりのある方々はじめ、たくさんの方にお参り頂きました。忙しくて大変!と思っていましたが、いやいや、暑い中をお参りにいらして頂き、なかなかお話しする機会がない中、ゆっくりとはいかないまでも、お話ができてよかったと、つくづく思えました。お顔が分からなかった方も、わかるようになったし・・・。これも日本古来からの伝統文化です。何でも簡素化がいいとは言えないと思います。簡素化はますます疎遠になっていきます。こんな時だからこそ、“人とのかかわり”を大事にしたいとあらためて思いました。   ・・・・・その中で感動したお話があったので紹介します。・・・夫の知人(Yさん)で、最近は疎遠になっていましたが、Yさん宅も新盆でお互い行き来し合いました。Yさんは夫たちとボランティア活動を共にしている頃に体調を崩し、その後人工透析を受けることになってしまったそうです。12年間も透析をしていたらしいのですが、たまたま奥さんの腎臓と適合し、奥さんから一つもらって早2年経過した今はとても元気に、奥さんと共に趣味の生活を満喫されている、ということを伺いました(家業は息子さんに譲ったそうです。)。現在の医学では、血液型が違っても移植が可能だとういうのですから驚きです。白血球はA型で赤血球はAB型とかいっていました。Yさんが元気になったことで奥さんは、手術前は多少躊躇もあったようですが、提供して心から良かったとおっしゃっていました。素敵な夫婦愛です。

今できることに目を向ける

2014/08/12

「声を失っても伝えたいこと」
児玉典彦(下関市立川中中学校校長)氏の記事を以下に紹介します。

《下咽頭がん。これが医者から告げられた病名でした。
聞けば喉にできた悪性の腫瘍が進行していて、完治する確率は数十%だというのです。
呆然とする私を前に、医者は2つの治療法を提示しました。
1つは手術、もう一つは放射線治療です。
説明によると、手術をすれば命が助かる可能性は高まるが、
声帯を除去するために声を失う。
一方、放射線治療であれば声は残るが生存率が低くなる、というのです。
声を失う。私はそのことに大きなショックを受けました。
当時の私は声帯を除去しても声を出せる方法があるとは知る由もありません。
つまり手術を選べば必然的に話すことができなくなるので、
教師を辞めなければならないと考えたのです。
しかし、23年間にわたる教師生活を振り返ると、
その決断を下すのはあまりに辛く耐えがたいものでした。
* *
附属病院でがんを宣告された帰り道、私の頭の中は迷いと苦悩が渦巻いていました。
いっそのこと、がんのことは誰にも告げずに仕事を続け、
命が尽きるまでやれるだけやればいいじゃないかという考えに傾きもしました。
しかしそれはあまりに自分勝手で家族に申し訳がたたないので、
放射線治療にすべてを託そうと思い至ります。
家に戻ってすぐに妻と2人の子供を部屋に集めると、
私はゆっくりとこれまでのことを話し始めました。
そして精密検査の結果はもちろん、示された2つの治療法のことを話した上で、
「私は放射線治療をやってみようと思う」と伝えました。
すると突然、大学4年生になる長女の目から
ボロボロボロボロ涙がこぼれ落ちると、嗚咽する声が部屋にこだましました。
そして顔をくしゃくしゃにして泣きながら、
「お父さん、どんな姿になってもいいから生きていて」と私に頼むのです。
それも何度も何度も。
この時、私の心理状態はとても複雑でした。
声を失いたくないという思いに加えて、手術に対する恐怖心が私を支配していたのです。
医者の説明によれば、この手術は決して簡単なものではありませんでした。
手術に要する時間は10時間以上で、
声帯を含めた喉と食道を繋ぐ部分を全部取り除いた上で、
開腹して取り出した腸の一部を使って食道を再建するというものです。
自分はどうなってしまうのだろうかという思いが、私を頑なにしていたのです。
しかし娘の涙をじっと見ているうちに、私はこの子のために生きなければいけない、
そのためにも生きることを優先させようと決意しました。
自分のことばかりを考えていた私に、娘の涙が一筋の光を与えてくれました。
自分以外の誰かの幸せのために頑張ろうとした時、
乗り越えられないと思っていた壁を残り越えられることを、私はこの時に教えられたのです。
* *
それからひと月後に行われた手術は16時間にも及びましたが、無事に成功。
ただし、リンパ節が破裂してがん細胞が他の部位に転移している可能性があったため、
右肩から首にかけての筋肉をごっそりと切除されるなど体への負担は相当のものでした。
術後は麻酔で3日間眠らされ、その後1週間は身動き1つできません。
肉体的苦痛で眠れない日が続き、何度か幻覚が見えたこともありました。
ある程度回復したところで、がん細胞が他にも飛び火している可能性がまだ残っているために、医者の勧めもあって抗がん剤治療と放射線治療も行われ、
結局すべての治療を終えるまでに6か月を要しました。
その間体重は10キロ以上落ち込み、以前は誰が見ても体育の先生のようだった体格は
見る影もなくなってしまいました。
こんな体で果たして職場に戻れるのだろうかと不安になったものです。
* *
退院後、私はすぐに赴任先の校長のところに向かいました。
教頭から降格してもらい、特別支援学校へ行かせてくれるよう
筆談を交えてお願いするためです。ところが校長は首を縦に振りませんでした。
それどころか私にこう語り掛けたのです。        「あなたの経験は特別支援学校よりも普通学校でこそ役に立つのではないでしょうか。勇気を出して、普通学校に戻って下さい。」こう校長が私の背中をポンと押してくれたのでした。

それから校長に就任し、特別授業として「道徳」の授業を人工喉頭器を使って教壇に立っています。私だからこそ話せることを、生徒たちに伝えています。命の尊さ学ぶことの大切さのほかに「自分の為にだけ生きようとすると行き詰るが、自分以外の人の為にならば思いがけない力が出る。だから自分の幸せではなく、人の幸せのために生きる人になってほしい。」と。・・・・》                                               失ったものに目を向けるのではなく、今できることに目を向けるってすばらしいことですね。

 

初めての絵具に挑戦♪(*^_^*)

2014/08/12

今日のいちご組の指先活動では、絵具に初挑戦をしました~!(^O^)

大きい模造紙の上に座って、絵具の入ったパレットと、大きい筆で好きなように描きました。

初めての絵具に、子ども達は大喜び!

筆をトントンしてみたり、一本線を描いてみたり、自分たちの思うままに描いて、楽しく取り組むことが出来ました。

絵の具を塗っている間は、真剣な表情で集中できていたいちご組さんでした♪(^^)

色が薄くなってきたら、ちゃんとパレットの中に筆を入れて、色を付けていましたよ~☆

こんなに上手に描けましたよ!\(^o^)/

明日からはお盆休みに入りますが、ケガや熱中症などに気を付けて、過ごして下さい。

来週の月曜日に、元気な姿で会えるのを楽しみに待っています。

色川:記

ビリビリ星人に変身!

2014/08/11

本日は台風一過となり、暑い一日になりましたね。

みかん組では、先週の指先の時間に新聞紙を手でビリビリ破く活動を取り入れました。

いつもは「物を大切にしましょうね!」と子ども達に言っているのですが,

この日ばかりは「ビリビリに破いていいよ~!」と新聞紙を子ども達に手渡すと待っていましたとばかりにビリビリ開始!!

子ども達の小さな手で「ビリビリ・ビリビリ~」と言いながら全員で楽しく行うことが出来ました。

破いた新聞紙は自分の手でビニール袋の中へ入れました。

床に落ちてしまった新聞紙を一つひとつ拾いながら丁寧にビニール袋に入れる子もいましたよ。

新聞紙をぜ~んぶ袋に入れ終わった子から担任が袋に入れて風船にすると、

投げたり、手のひらに乗せたりと大喜び(^O^)!!

ビリビリ星人に変身した子ども達の姿はとっても満足していました。

角野:記